夜空にただよう③

イルカに声をかけられた時は運悪く火影と一緒にいた。
七班任務の合間に入れた単独任務の報告を執務室の外で聞かれ、立ち話でもするような格好でいたからかもしれない。イルカは三代目に軽く会釈をし、カカシに視線を向けた。
未だ報告途中だった為、話をはぐらかして姿を暗ます事も出来ず、カカシはイルカの顔色をチラと伺った。
「カカシ先生、この後いいですか」
昨日の今日で顔を合わせた2人に、三代目がイルカの胸中を推し量ろうとしているのが解り、ええじゃあ後で、と咄嗟に口に出た。逃げの一手を塞がれた気持ちになるが三代目が絡むよりはずっといい。

「……それじゃー、以上です」
「うむ、御苦労……カカシ、」
背を向きかけたカカシに三代目の声がかかり、内心溜息を吐き、向き直した。
「はい」
「カカシ……イルカはお前と同じだ」
「はぁ、そーですかね。俺には対極と思いますが」
意味が分からないと軽く首を傾げると、何もかも見切った様な目線をカカシに向けた。
「分かってる筈ではないか?ーーお主とイルカ、気持ちに差異はあるが根底は同じ。あやつの進言は純粋にナルトを想ってこそ。これ以上の波風を立てるでないぞ」
自分の中でようやく浮き彫りになったイルカへの気持ちを最も簡単に口に出されて、顔には出さないが、カカシは苦虫を噛み潰した様な気持ちになった。
「やだなー、三代目。昨日はただ売り言葉を買っただけですよ。邪魔な言い分を省いただけです」
ニコリと笑うカカシを見て、三代目は眉間に皺を作った。歳からくる深い皺と共に眼光鋭くなるが、カカシは無視した。
「下手な心配はご無用です。俺も立場ってモノをじゅーぶんわきまえてますから」
態とらしく頭を下げ背を向けた。三代目はまだ何か言いたげな顔をしていたが構わない。
ポケットに手を入れ歩き出したカカシは舌打ちしたい気分になっていた。
敵わないね、あの爺には。
昨日は大人しくしてると思ってたのが甘かった。きっとイルカが顔を出さなくてもこの話をするつもりでいた。
伊達に歳は取ってない。
イルカに持つ敵対心を嗅ぎつけたのは大したものだ。だが、それ以外の感情を持っているとは流石に思っていない。
カカシは苦笑いした。
ただ、これ以上誰かに引っ掻き回されるのは御免だ。



イルカを探すと休憩室のベンチ脇に立っていた。先ほどカカシに声をかけた時と変わらない、書類を両手で抱えたままの真っ直ぐな背を見せていた。
背筋を伸ばした姿がイルカらしく、笑いに似た息を吐けばイルカが振り返った。
「なーんか逢引きみたいですね」
カカシの砕けた口調にイルカは凛とした顔に眉を寄せた。
「何言ってるんですか」
カカシのいつもの調子に口を尖らせたイルカだが、やはり多少緊張した面持ちを感じる。
ほらやっぱり、とカカシは内心逃げ出したくなった。
「だって、イルカ先生から会いに来るなんて事なかったでしょ」
「あなたが俺を避けてるからです」
任務報告を敢えてイルカがいない時間にずらした事を言っているのだろう。
「やだな、俺は逃げも隠れもしないですよ。逆に来てほしくて堪らないぐらい」
「話をはぐらかすのはやめてください」
イルカは軽く唇を噛むと、キッとカカシに強い眼差しを向けた。
カカシは肩をすぼめると、イルカを促す様に続く廊下に視線を向けた。
「歩きましょ?三代目じゃないけど、こんな場所じゃ変に誤解されちゃいますから」
「え?」
驚いた顔をして、イルカは先に歩き出したカカシに肩を並べた。
「昨日はケンカしちゃったけど、俺たちは仲良いですもんね」
「いや、そうじゃなくて、火影様が何か言ってましたか?」
「…俺があなたに噛み付かない様に釘を刺されました」
笑いを零すとイルカは複雑な顔をした。
「俺は噛み付いた訳じゃ…」
言葉を切って前を向く。両腕に抱える書類に力を込めたのが分かった。
「知ってますよ。俺昨日言ったじゃない。あぁ、それに言い方が悪かったですが、三代目も十分あなたの気持ちを理解しています。…昨日は大人気ない俺に問題があっただけです」
緩く笑うがイルカは硬い表情を崩さない。
「すみませんでした」
力ない言葉にカカシは顔を顰めて足を止めれば、その反応に慌ててイルカは片手を振った。
「あっ、いや。今日は謝るつもりで来たんです」
苦笑いして、イルカは歩き出した。
「あれから、カカシ先生が帰ってから考えたんです。…俺自分の事だけ考えてたって思いました」
後悔が湧き上がった。
否定を入れるべきか躊躇する。
昨日のあの場での進言は明らかに上官に楯突く形になったイルカへ非難が上がる。ただ、今回招集された連中は其処まで低俗の集まりじゃない。問題が上がる事はまずないが。
その非難が自分へ来ると分かっていて尚、自分の身よりもナルト達への気持ちを優先した。
元教え子への純朴な想いを持つ教師としてと考えれば、イルカの言動は極自然なものだ。
自分の事しか考えていないとは到底言えない。
どちらかと言えば火影含め同胞の目の前で、イルカに対立した自分に問題があった。
アスマに面倒くさいと言われて当たり前の幼稚さが自分にはあった。

ああ、まただ。
イルカの顔を見ただけで構えていた壁が簡単に崩れていく。
「謝らないでよ」
ポロリと口から出た言葉に、イルカは顔を上げた。その顔は驚いているように見える。
「ねえ、先生。俺みたいな口先だけの人間に簡単に謝っちゃ駄目だよ。俺あなたにつけ込んじゃいますよ」
緩い笑みを見せてカカシは続ける
「だってそうでしょ?こんなすぐに謝るくらい適当な反抗心だったんですか?」
「…っ。違います!」
「じゃあ謝らないで」
カカシの強い口調に一瞬間を置き、イルカは口を開いた。
「…逆に聞きますが、カカシ先生は適当な言葉を俺に投げつけたんですか?」
「…口先だけの人間だからね。今日だったらあんな事は先生に言わなかったかなって思います」
ポケットに手を入れ視線を落とす。
意外にもイルカは大した反応を示さなかった。黙って静かに次の言葉を待つかのように、カカシを見詰めた。
無言の表情に言わんとした事が分かり、カカシは観念して溜息を吐いた。
「……今日でも言ってましたよ」
「はい」
イルカは軽く頷き、今日初めて笑みを見せた。


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