静かな逆襲③

最近偶に夢を見る。
白くモヤがかかった世界で、はっきりとは見えない。だけど声と手の感触はぼんやりと分かった。
『・・・・・・・・・して・・・』
また、声がする。
知っている声なのに知らない声だった。悲しくて辛そうな声だった。
手は冷たかったのに、触れると熱くなる。
『・・・・・・・・・して・・・』
やはり今日も聞こえない。
俺に何を伝えたいのだろうか。
手を伸ばして近づけたら声が聞こえるのに。その冷たくて熱い手をなでてあげられるのに。
俺の体は鉛のように重かった。
あぁ、重たい。駄目だ。また眠ってしまう。深い眠りになればもうこの世界には戻れないのに。
だけど睡眠欲には勝てず目はゆっくりと閉じられていった。

『・・・・・・・・・して・・・』



◆◆◆


あの日以来、彼はどこか機嫌がいい。
あの日、とは彼が任務で大怪我を負った日のことだ。やはりあの怪我は大怪我で俺が病院に連れていくと医師や暗部の方が駆けつけてしっちゃかめっちゃかになった。
どうやら仲間の暗部と里の到着した途端姿を眩ませたらしい。
そうしてまで俺を呼び寄せて殺されたかったのか。
「馬鹿ですか」と俺が言うと、他の人たちはどよめきだったが、彼は静かに笑っただけだった。
まるで「お前は何も分かってない」と言われているかのようだった。
それから僅か五日で再び俺の家に来た時は慣れているとはいえ驚いた。
きっと全治一ヶ月の傷だったのに。いつものように抱かれたが、生々しい傷は完治しておらずいつものような獰猛さはなかった。
「舐めて」
激しく動いたせいか開いた脇腹傷口を見せつけながら言った。
溢れ出ている血は白い彼の体を汚すようにへばりつき噎せ返るような鉄の匂いがした。
血は、毒だ。
彼のように優秀な忍の血は上手く採取できれば猛毒でも作れると言われてもおかしくない。彼が今まで飲んできた毒が濃縮されているのだから。
だけど、そんなこと俺には関係ない。
舐めろと言われて舐めないわけにはいかない。
跪き、彼に頭を下げて、望むように腹に舌を這わせた。
それはまるで愛撫のようで。
動物が傷口を舐めて癒す行為のようだった。
血の味が口に広がる。
それは俺と同じ血の味だった。
なんだ、彼も人間なのかとそんなことをぼんやりと思いながら舐めていると口づけをされながら押し倒された。
口の中に含んだ己の血を俺から奪うように吸い上げると色違いの目で笑った。
無邪気で悪意のない笑顔だった。


腰にタオルを巻き、居間に行くと何が楽しいんだか鼻歌を歌っていた。
聞きなれない異国の歌はなんの意味を持っているのか分からない。
俺に気がつくと歌をやめ、ニコリと笑った。
「今夜は寒いね」
確かに寒いなと思ったら外ではチラチラ雪が降っていた。
彼とこんな関係になってからもう半年以上がたっていた。段々と彼がこの部屋に来る回数が増えてきた。休みの日には必ず来ているんじゃないかと思えるほどだった。
それほどまでに増えていく意味はなんなのか。
恨みはそんなにも増えていくものか?たった一度の諍いで。
むしろすぐに興味を失うとすら思ってたのに。
「・・・・・・」
どちらにしても俺のチャンスは一度きりだ。彼が訪問する回数が多くても少なくても関係ない。アレができるまでだ。アレができれば、俺の苦労は報われる。
「今日は何して遊ぶ?」
彼は子どものように笑いながら、ただし手に持っているのは卑猥で欲望にまみれたモノを嬉しそうに手で回した。
「これ、前アンタが泣きながら悶えてたオモチャ」
「変態」
「その変態にヨがらされてイきまくるアンタはなんなの?」
クスクス笑いながら手を引かれ布団の上に押し倒された。
「お尻、気持ちイイでしょ?もうクセになって尻弄らないとイけなくなった?」
「知らな、・・・っ」
タオルを取られるとソコを撫で回された。じんわりとした愛撫に慣らされた体は嬉しそうに反応した。
「ちょっと触ればすぐ気持ち良くなる。アンタは才能あるよ。男に苛められて気持ち良くなる淫乱の才能」
半勃ちしたそこに満足したのか手は後ろにずれていった。
「今日は機嫌がいいからねぇ。アンタに気持ち良くなってもらおうと思って。・・・あぁ、そうだ」
一旦は手を離し、素早く術を発動した。
ボンッと音を立てて現れたのは、瓜二つの彼だった。
「ずっと手がもう二つあればいいなぁって思ってたんだ」
「そしたらもっといっぱい苛めてあげられるし」
二人はそろって同じ顔をして俺を前後で挟んだ。
そんなこと今までなかったのでヒィッと小さく悲鳴を上げた。
今までだって彼一人に翻弄されて、口ではいえないことばかりされてきた。抵抗できるのは最初の頃だけで、後は考える余裕すらなく気がつけば終わっていた。
嫌がらせなのだ。
嫌がることをするためにやっている。
だから二人がかりでするのは確かに嫌がらせるためにしているのだろう。
道具とも言葉責めとも違う恐怖にただただ怯えた。救いなのは影分身だということか。これが他人だったと思うとゾッとする。
「怯えちゃってかわいー」
「チンコ二本入れたらどうなるかな」
その言葉にサーッと血の気が下りた。
その顔をみて二人は同じように高笑いした。
「しないよ、裂けちゃったら暫く使えなくなるでしょ?」
「今日は乳首苛めてあげよっか。アンタ大好きなるよ。ヤミツキになって泣きながら弄ってって懇願するようになる」
一人は後ろから一人は前から各々に体を弄る。
キスしてみたり、乳首を弄ったり、体に吸い付いてみたり、噛み付いてみたり、足を持ち上げて二人で眺めたり、舐めあったり、指を入れたり、まさしく玩具のように弄ばれた。
「今、どっちが本物のオレか分かる?」
「当てたらご褒美あげるよ。間違えたらオシオキだけど」
嬉々として遊ぶ姿は子どものようだった。
「ねぇ、作戦って何?」
「何考えてるの?」
弄ばれ意識が朦朧とする中、そんなことを何度も聞いてきた。
今日はやけに執拗いと思ったが、それが目的か。クッと唇を噛み締めた。
「言うか・・・っ」
言えるものか。今は言った瞬間全て無駄になる。彼に反撃出来るどころか、鼻で笑われるだろう。今はまだできない。今ではない。
「言わないんだ」
「可愛くないなぁ。オシオキだね」
そう言って一本ずつ入れていた指をもう一本ずつ増やされ、拡げられた。
「あぁー、あぁあぁぁ・・・っ」
「すっごいイヤラシイ音」
「アナルに指つっこまれて、涎垂らして、そんなに美味しいの」
クスクス、クスクスと笑いあう。
「ほら、ここ好きでしょ?」
バラバラな指が交互にイイところに触れる。その度にビクンビクンと体は震え、彼らの指を奥へと誘う。
「やぁ、っあ」
「ねぇ作戦って何?早く言ってよ」
「お尻、やぁ」
「こんなのじゃ足りないでしょ?ほらほらさっさと言って。じゃないとこのままだよ」
そんな弱い刺激じゃイけない。そう躾られてしまった。堪らなくて腰を振った。淫らに誘うように。

「お願っ、おちんちんほしぃ」

そう言って彼のモノを咥えた。
ヒュッと息を飲む音がした。
だけどそんなこと関係ない。もう体はナカに入れてほしくてそれだけだった。
彼らの指が抜かれて体が自由に動くと四つん這いになりながら彼のモノを舐めた。たくさん舐めると彼の機嫌も良くなり、入れるのもスムーズになる。こうやって舐めれば彼は何時でも入れてくれた。もう条件反射みたいなものだった。
上目遣いで見れば咥えられた彼は眉を顰め、手で俺を頭をつかんだ。
上下に動かされて俺も素直に従う。
「・・・っ、きもちイ」
段々と大きくなるソレを喉の奥に押し込むよう入れたりベロベロと見せつけるかのように舐めた。早く、早く入れて欲しかった。
「ちょっとー、オレだけ置いてけぼり?」
咥えていない方の彼はいつの間にか俺の尻を揉んでいた。誘うように動かしていると揉んでいた尻を左右に拡げた。
「こっちのお口もほしいってちゅぱちゅぱしてるよ。イヤラシイ」
「早く入れてあげなよ。ほしいって泣いてるよ」
「チェッ。今日は聞き出してやろうと思ったのに。まぁ何でもいっか」
「何でもいいよ。気を抜かずに防げばいいんだから」
「そしたらアンタ、ずっとオレに飼われるんだ」
ズボッと勢いよく中に入ってきた。
「ーーーぁあ」
だけど充分慣らされた体はその刺激すら快楽になる。
尻に彼の腰が当たり、全部入ったことを感じるとすぐに出ていく。
「っ!やらぁ、入れてっ」
顔だけ振り返り懇願すると、彼はひどく嬉しそうに笑う。
「可愛いなぁ」
そう言うと今度はゆっくり埋めていった。
それが気持ちイイ。堪らず獣のような喘ぎ声をあげた。
「バックも大好きだよね」
「んっ、すきっすきっすきぃっ」
答えれば答えるだけ深く突き刺してくれた。それがヨくて堪らなかった。
「ほら、お口がお留守だよ」
もう一人の彼が口にモノを入れさせた。噎せ返るほどのオスの匂いに頭がグチャグチャになる。
もっといっぱい。
濃いのいっぱいちょうだい。両手を使いながら扱くと彼も気持ちよさそうな声をした。それが堪らず嬉しくてちゅうちゅうと吸い上げた。
気持ちよくて堪らない。
人が増えたためか快楽は倍になり、俺はただだた溺れた。
「おかしくなる・・・っ」
そう言うと二人は同時にニタリと笑った。
無邪気だった笑みは消え、そこにあるのは狂気じみた万遍の笑みだった。

「おかしくなってよ」
「何にも分からなくなって。そしたら飼ってあげる。ずっとずっとね」

そう言いながら彼らは精液を吐き出した。
体いっぱいになるのを感じながら俺も彼の手のひらに精液を放った。
同じ色。
血も精液も、彼と俺は何一つ変わらなかった。



◆◆◆



んんっと背伸びをすると背骨がポキポキと鳴った。長時間同じ体制でいたので体が固まってしまった。
「お疲れ、イルカ」
「コエビ。お疲れ」
同じ仕事をしていた同僚のコエビは眠そうに大あくびした。
「飯でも食うか?」
「そうだな」
時刻は22時を過ぎていた。自炊などもっての外で、一人虚しくコンビニ飯ではなく連れがいることに安堵した。今から空いているのは深夜までしている定食屋か居酒屋ぐらいだろう。明日も朝から仕事なので飲むのはまたにして定食屋に向かう。
「穏やかな気候になってきたよなぁ」
桜は散ってしまったが、外は深夜でも肌寒くない季節になった。うっかりしてると時間が経つのを忘れてしまう、陽気な気候だ。
「新規プロジェクトの概要書けた?」
「ほとんどな。今年中になんとか形にしないとな」
「今年は他里との交流事業もあるだろ。・・・はぁ暫く残業だなぁ」
「受付も忘れんなよ。サヨリが妊娠して抜けた穴代役いないらしいからな」
「はぁ!?人少ないのに更に少なくなるわけか。あーもー家帰れないんじゃねーの」
はぁーと重いため息をつかれたが、気持ちは同じだった。人手不足と大掛かりなプロジェクト、そして新規の事業。次々と舞い込む仕事をさばくのにその日その日を生きている。
プライベートの時間などほとんどない。
そして俺はそのプライベートの時間はほとんど彼に使われている。
目が回りそうな毎日だった。
定食屋に着くと狭いテーブルに座り、安くて早い定食を頼んだ。
「俺さ、なんか生きる目標がほしいわけ」
「うん」
「そりゃ仕事も大切だよ。嫌いじゃねーし。だけど辛い時慰めてくれるモノがほしい。これさえあれば生きていけるってモノ。疲れて帰ってきて、上手くねぇメシ食って冷たいシャワー浴びて汚ぇ布団で寝て。そういうのウンザリなんだよ。何のために生きてるのか分からなくなる」
「うん」
わかるよ。痛いほどよく分かる。
「嫁さんほしいなぁ。温かい家と温かい嫁さんがいる家に帰りたい。疲れたって寝るときに少しでもいいから側にいて撫でてもらいたい」
「うん」
「でも人はそう簡単にいかない。俺みたいにダメになることだってある」
「うん」
彼は一度結婚に失敗している。幼馴染みの彼女と大恋愛して結婚し、数年前別れた。
「求めていたのは単純なことだったのになぁ」
そう響く声は重くてずしりときた。だけどその重みが今は何だか有難かった。痛みではなくのしかかる重みは、強く存在感を放つ。それでいて静かに確かにそこにある。
俺はまだ孤独を感じられる。

丼茶碗の白米をもそもそと食べた。上手いはずの定食も、疲れからかそんなに上手く感じられなかった。それでも同僚から愚痴を聞き、それに共感していると少しだけ気分が軽くなる。何かに夢中になってやってると、辛いことを辛いと認識する力が鈍くなる。だけど知らぬ間に体と心は疲労する。それを気が付かないでいると辛さに慣れて辛いことを辛いと思えなくなる。その点では他人の愚痴は、客観的に自分に置き換えられて、辛いことを辛いと認識できる。
軽くなっていく度に俺は今の仕事で辛かったのだなぁと思った。
そうやって軽くなっていくと、残ったのは彼のことだった。
これは誰にも共感してもらえないから、ただ静かに埋もれていくだけだった。
「イルカも何か言えよ」
同僚は催促したが、声は出なかった。
彼のことは誰にも理解されないし、誰にも話したくなかった。
静かに首を降る俺を見て、同僚はそっかと頷いた。
外に出るともう街の明かりも消えていっていた。
「花見したかったなぁ」
「あーいいなぁ」
二人で薄暗い道を歩く。
「まぁもう花見は無理だけどまた飲みに行こうや」
「あぁ」
彼の任務をチェックしないとといけないなと思って、フッと笑う。
最初に思う事はそれか。
嬉しいことも悲しいことも辛いことも、感情がくる前に彼のことを思う。侵蝕されている。もうどうしようもないほど。
カラカラと音を立てて店のドアが開き、中から仲居と見られる女性が出てきた。
「ありがとうございました」
丁寧に頭を下げている。見れば名だたる料亭だった。
チラッとそちらを見れば男女がゆっくりと出てきた。
「おい、あれ」
同僚が目を見張った。

それは彼と、美しい女性だった。

連れ添うように歩く姿はまるで絵のように美しくとてもお似合いだった。
出てきた料亭といい、どこか別の次元の人たちに見える。
残業でこんな遅くまで働き、安い飯屋で男二人で食べてきた俺達とは別の華やかで美しい生き物だった。
彼らはそのまま、ゆっくりと街の方へ消えていった。それを男二人で見ていた。
「彼女かなぁ」
「どうだろ」
「こんな遅くまで二人でいるんだ。しかもあの料亭。本気だろう」
「本気か」
本気か。
本気で彼は、あの女性が好きなのだろうか。
たかが一度の言い争いで目の敵にされ、嫌がらせを受ける俺とは違って。
逆らえば乱暴に犯され、逃げれば追いかけ拘束され、従順になれば調教される俺とは違って。
愛の言葉を囁かれ、慈しむように触れられ、愛おしむように抱かれるのだろうか。

「幸せになりてぇな」

同僚がポツリと呟いた。
冷たくて重くて、それでもどこか縋ろうとする惨めな声だった。

そのまま同僚と別れ、部屋に戻る。
昨日グチャグチャにされたシーツはそのままになっていた。
昨日嫌がらせのためにここへ来て。
今日は愛しい人との逢瀬か。
クククッと声が漏れた。
一瞬抑えようかと思ったが、構うものかと声に出して笑う。
誰も居やしない。誰も聞いてはいない。
俺はそのまま倒れ込むように笑った。
可笑しくて可笑しくて堪らなかった。

ついにきたのだ。
この瞬間をずっと待ってた。
彼に恋人ができる、その瞬間を。

ようやく俺は反撃できる。

何時にしようか、どのタイミングにしようか。
考えれば考えるだけ可笑しくて堪らない。
俺は声を抑えずその場で笑い崩れた。
可笑しくて可笑しくて。
涙が出る。
「幸せになりてぇな」
同僚の言葉を呟いた。

反撃したって彼に一泡吹かせるだけで、きっとあとは半殺しされるだろう。それでよかった。
二人の仲睦まじい姿を思い浮かべる。
それでいいと思っていたのに、どこか虚しい。
俺はきっと本当の意味で幸せになんかならない。
「幸せになりてぇな」
それでも、俺にのこされた道はただ一つしかなかった。


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